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# 原理と系譜

このページでは、田村師範が合気道をどう見て、どう教えたかを紹介します。多くは師範自身が公にした言葉によります。師範の教えは変わり続けました。技から、技の下にある原理へ。そして礼法と、合気道を伝える心へと進みました。このページもその道筋をたどります。まず原理、次に1986年の著書の十の「基本」、そして両者のつながりです。最後に、大先生から田村師範のもとで深く稽古した人々までの系譜を紹介します。

## 変わり続けた教え

田村の合気道の理解は、変わることをやめませんでした。1964年のヨーロッパでの最初の稽古から、2010年の最後の講習会までそうでした。常に新しいことを試しました。役に立つものは残し、それ以外は捨てました。

年を追って、稽古のさまざまな面に順に重点を置きました。*自彊術*などの健康法があり、のちに気功がありました。講習会の中には居合道がありました。1990年代末からは、黒田鉄山との出会いを経て、新しい体の動かし方と剣の持ち方がありました（[略歴](https://tamura-shihan.org/ja/biography.html#europe)参照）。

著書も同じ道筋をたどっています。最初の二冊、*Méthode nationale d’Aïkido*（1975年）と *Aïkido*（1986年）は技術書です。三冊目の *Étiquette et transmission*（1991年）は、合気道の精神と心を扱っています。何よりもまず指導者に向けた本です。 三冊とも、植芝吉祥丸道主の序文で始まります。

二冊の技術書は、どちらも原理の章から始まります。その内容は異なります。1975年の「基本原理」は、*構え*、*間合い*、無抵抗、*体捌き*、*気*、心身の統一、中心、*呼吸*、*気*と*呼吸*の伸展、技の動的な展開でした。 1986年には十の「基本」があります。*構え*、*間合い*、*体捌き*、*呼吸*は残りました。新しい一覧は姿勢（*姿勢*）から始まります。そして*入身*、*転換*、*裏表*、*当身*、*呼吸力*が加わりました。

1986年の本も、技から始まるのではありません。序論は*武*、すなわち武の道の目的についてです。

> 「武を合気道に置き換えれば、合気道とは何か、その目的は何かが分かるでしょう。これこそ、合気道の稽古を始める前に知っておくべきことです。」 — 田村信喜、*Aïkido*（1986年）序論（仏語原文より訳）

技術書の改訂版を望む門下生もいました。しかし三冊目の技術書は書きませんでした。次の本は、武道に欠かせないと考えた礼法と伝承についてでした。 植芝吉祥丸道主の序文ははっきりと述べています。「礼法は心の直接の表れである」（仏語版より訳）。 師範は前書きで、この本を書いた理由を述べています。合気道は*道*であり、教える者は人の手を取って導かなければなりません。

> 「そのためには、門下生をどこへ導くのか、どのような方法で、どの点に注意を向けるべきかを、はっきり知っていなければなりません。それゆえ私は、以下のページに筆を走らせたのです。」 — 田村信喜、*Étiquette et transmission*（1991年）前書き。フランス語の本文は *son Message, son Héritage*（2015年）「道」に再録（仏語版より訳）

技から原理へ、そして礼法と心へ。一本の糸がつながっています。以下の原理は、1979年から2007年までの著作とインタビューから取ったものです。そのあとに1986年の十の「基本」が続きます。同じ考えが、姿勢、呼吸、関係、動き、力として現れています。

## 原理

### 合気道はひとつ：勝利ではなく和合

田村は、自分の教えを流派と呼ばれることを拒みました。合気道は大先生の創られたものだと考えていました。「新合気道」や「*Tamura-ryū*（田村流）」という考えを退けました。 ヨーロッパに来たのは、何よりも合気道の和合のためだと語っています。

> 「合気道の目的は、和合（合＝和合）にほかなりません。一種の森をつくることです。」 — 田村信喜、Budo International のインタビュー（英語より訳）

> 「合気とは結びです。」 — 田村信喜、レオ・タマキによるインタビュー [« Interview Tamura Nobuyoshi, l’aigle de l’Aïkido »](https://www.leotamaki.com/article-interview-tamura-nobuyoshi-l-aigle-de-l-aikido-77477356.html)（2007年）（仏語版より訳）

結びがあってこそ、何かが生まれます。自分を切り離されたものと見れば、何も生まれません。 和合は力からは生まれません。「大切なのは技の力強さではなく、原理にかなっていることです」（英語より訳）。力の強い者にしかできない技には、一般的な価値はないと師範は書いています。合気道において、力は宇宙の秩序に従った結果として生まれるものです。

### 武道：禊であり守りである、しかし本物の

師範は武道を浄めの道、すなわち*禊*であると説きました。それは勝ち負けを超えたものです。そのたとえとして、*武*の本当の意味は子を守る母の姿だと語りました。

師範は二つの言葉を区別しました。*武術*は目的に仕える技術です。*武道*は人をつくる道です。師範の考えでは、試合によって柔道と剣道は武道の本質を失いました。生と死の感覚がなくなってしまったのです。

武道についての文章で、師範は「人を活かす剣」、*活人剣*を説明しています。

> 「同じ剣です。使うのは人です。」 — 田村信喜「武道」、*Aikido Europe*（英語より訳）

自分の中の殺そうとする心を殺すこと。それが命を救うことです。「よい鷹は爪を隠す」（英語より訳）。しかし師範は、武道を無害なものにすることは認めませんでした。「打たれても身を守れないのは武道ではありません」（英語より訳）。 だからこそ1986年に、*当身*の章を書いたのです（下記参照）。

### 己に克つ

> 「最大の危険は慢心です。自分の技はよいと思ったその瞬間に、すべての進歩が止まることを忘れないでください。」 — 田村信喜、*Étiquette et transmission*「己に克つ」（英語より訳）

怒り、怠け心、恐れは、自分の中で克服しなければなりません。そして何よりも慢心です。 1986年の序論も、別の言葉で同じことを述べています。我を捨てて全体と一つになる人は、「宇宙となり、宇宙とともに呼吸する」（仏語版より訳）。 学ぶとは、まだできないことをやってみることです。近道はありません。

### 礼：始まりであり終わりである

> 「日本では、武道の始まりと終わりは礼にあると言います。」 — 田村信喜、*Étiquette et transmission* 第4章（英語より訳）

礼は動作の決まりごとではありません。「心に敬意が宿っていなければ、形は魂のない抜け殻になります」（英語より訳）。礼は小さなことから始まります。履物を丁寧にそろえることは次の行動の準備であり、「それもまた武道の稽古」（英語より訳）です。道場の掃除は、部屋だけでなく人をも清めます。指導者は手本を示さなければなりません。

> 「ですから道場は単なる体育館ではありません。教会であると同時に体育館でもあると考えていただきたいのです。」 — 田村信喜「道場」、*son Message, son Héritage*（2015年）（仏語版より訳）

### 畳と日常生活

> 「畳は、日常生活の小さな模型と考えることができます。」 — 田村信喜、Budo International のインタビュー（英語より訳）

道場でしていることは、外での生活につながっていきます。師範の言葉では、「大切なのは自然にふるまうこと」（英語より訳）です。 師範は稽古を「一瞬一瞬の修行」（英語より訳）と呼びました。難しくする必要はありません。「肩の力を抜き、気を臍下丹田に保ち、正しい姿勢でいれば十分です」（英語より訳）。 師範が自分のために見いだしたと語ったものは、「平和と静けさ」（英語より訳）でした。

すべては体から始まります。体を簡素にすれば、技も簡素になります。呼吸が心を治め、姿勢が呼吸を治めます。 2007年、師範はこう語っています。「体はすばらしいもので、その声に耳を傾けることを学ばなければなりません。［…］姿勢が正しければ呼吸は落ち着き、体はゆるみます。」（仏語版より訳） 座り技（*座技*）をしっかり稽古することが、よい立ち技の源だと考えていました。

師範にとって、合気道は武器の稽古から生まれたものでした。体術と武器の稽古は一つの全体をなしていました。 それぞれでもう一方を確かめました。「私は剣の技を素手で稽古し、素手の技には剣を使います。自分の技が正しいかどうかを確かめるためです」（英語より訳）。

本部道場での初期のころ、受身はただ投げられることで覚えるものでした。準備運動（*準備動作*、*準備運動*）はのちに生まれたものです。当時師範部長であった藤平光一のもとで整えられました。そのころには合気道は学校や会社にも広まり、ほかの武道の経験がない初心者が多くなっていました（[略歴](https://tamura-shihan.org/ja/biography.html#japan)参照）。 師範はこれらの運動を準備体操としては扱いませんでした。それ自体がすでに合気道だったのです。

### 教えるとは導くこと

> 「この方向ははっきりしており、誰でもその道を歩み始めることができます。」 — 田村信喜「道」、*son Message, son Héritage*（2015年）（仏語版より訳）

同じ言葉が *Étiquette et transmission* の冒頭にもあります。教えること、*指導*とは、道を示し、手を取って導くことです。 稽古ではあまり話しませんでした。

> 「ふだん私は、一番大切なことだけを説明します。残りは門下生自身の工夫から生まれるべきだと思っています。」 — 田村信喜、Budo International のインタビュー（英語より訳）

門下生は技に没頭し、それを自分で作り直さなければならない、と師範は言いました。「合気道の中で自分を鍛えるために」（英語より訳）。 師範自身もそうして学びました。分からなかったことを頭の中で繰り返し考えるほうが、その場で見せてもらってすぐ忘れるよりもよかったかもしれない、と語っています。

> 「見ることができなければ、説明は役に立ちません。」 — 田村信喜、Christophe Page *« Jumbi Dosa – La préparation en Aïkido »*（2007年）への序文（仏語原文より訳）

師範は指導者を教育者であり案内人であると述べました。指導者は門下生一人ひとりに、その人に必要な「お茶」を出すのです。 教えることは双方向です。「教えることは学ぶことです。しかし学ぶためには、誠実に教えなければなりません」（英語より訳）。稽古では、下位の相手を力や知識で押しつぶしてはいけません。「門下生や後輩は、自分自身の鏡です」（英語より訳）。 2007年、師範は門下生をわが子のように思っていると語りました。幸せへの道を見つけてほしいと願っていました。人生の終わりに振り返って、生きた甲斐があったと言えるようにと願っていました。

### 今日、常に求め続ける

> 「畳の上でも外でも、一番大切なのは、できる限りのことを今日することです。明日は存在しないのですから。」 — 田村信喜、Budo International のインタビュー（英語より訳）

「絶えず流れる世の中で、一瞬でも立ち止まれば、永遠に遅れをとることになります」（英語より訳）。 1979年、師範は大先生の後ろを歩こうとしていると書きました。少し休んだだけで引き離されてしまう。「大先生はもうずっと先へ行っておられる」（英語より訳）からです。

師範は門下生に、全体を分けずに学ぶよう求めました。

> 「*分かる*が*分ける*になってはいけません。」 — 田村信喜、レオ・タマキによるインタビュー [« Interview Tamura Nobuyoshi, l’aigle de l’Aïkido »](https://www.leotamaki.com/article-interview-tamura-nobuyoshi-l-aigle-de-l-aikido-77477356.html)（2007年）（仏語版より訳）

1986年の序論も同じことを述べています。全体を分けて各部分を分析することはできます。しかし部分から全体を組み立て直すことは決してできません。 自分の確信に閉じこもってはいけない。ただし基本は常に守らなければならない、と2007年に語っています。

2007年、師範は20歳のころの思い出を語りました。当時75歳の薙刀の先生に、あることを言われました。そのときは生意気なことを言うと思いました。今になって、あの先生は正しかったと分かる、と語っています。

> 「七十歳になるまでは、何も分かりません。」 — 田村信喜、レオ・タマキによるインタビュー [« Interview Tamura Nobuyoshi, l’aigle de l’Aïkido »](https://www.leotamaki.com/article-interview-tamura-nobuyoshi-l-aigle-de-l-aikido-77477356.html)（2007年）（仏語版より訳）

九段を授けるという話があったとき、師範は大先生が合気道の段位を八段までと定められたことを挙げました。「死後にのみ授けてほしいとお願いしました。」（仏語版より訳）

## 十の「基本」（*Aïkido*、1986年）

1986年の本は、実技の部を十の「基本」から始めています。どれも技ではありません。姿勢、呼吸、構え、間合い、入ること、転じること、物事の表と裏、動き、当てること、そして力についてです。師範はそれぞれを、まず漢字の意味から、次に稽古から説明しています。そして順序をつけています。最初の四つはすべての土台です。残りは武道に属するものです。

四つの土台

- **Shisei 姿勢 （しせい）**: 田村にとって姿勢は、外見の形だけではありません。外から見える内なる力です。まず、気を宿す体を整えます。頭で天を押し上げるように背筋を伸ばします。肩の力を抜きます。気は下腹に落ち着きます。
- **Kokyu 呼吸 （こきゅう）**: 「*姿勢*ができました。態度はよい。次の稽古は*呼吸*です。」よい呼吸はゆっくりと、深く、長いものです。立っているときも、歩くときも、働くときも、眠っているときも稽古します。そうすれば、いざというときにも日常の呼吸のままでいられます。「しかしその境地に至るには、日常が大切です。」（仏語原文より訳）
- **Kamae 構え （かまえ）**: 「*構え*は武道だけのものではありません。華道、書道、茶道など、ほかの芸道にもあります。」*半身*は合気道の基本の構えですが、構えを超えなければなりません。「本当の*構え*は、*構え*のない*構え*です。」師範はこう結んでいます。「これを皆さんの考察にゆだねます。その真髄をくみ取ってください。」（仏語原文より訳）
- **Ma ai 間合い （まあい）**: 「ですから*間合い*は距離の概念だけではありません。空間の中での心の動きも含めなければなりません。恐れていれば空間は狭すぎるように感じ、自信がありすぎれば空間は広すぎるように感じます。」間合いの*合*は合気道の*合*と同じで、「*一つ*になるという意味」です。この最初の四つの「基本」は、「育て、飽くことなく繰り返し、たたき込むべき大切な土台」だと師範は書いています。それはあらゆる芸道、学問、日常生活において大切です。この先の「*入身、体捌き、呼吸力*」は、「日本語の日常の語彙には含まれません」。（仏語原文より訳）

武道の言葉

- **Irimi 入身 （いりみ）**: 「*入身*の理は合気道の根です。」その目的は突進することではありません。「相手を包み込み、相手と一つになる気持ちを抱けば、相手は自分から、あなた自身の内側に入ってくるでしょう。それが合気道の*入身*です。」（仏語原文より訳）
- **Tenkan 転換 （てんかん）**: *転*は変わること、移ることを意味します。方向を変えることは、心の持ち方を変えることでもあります。「状態や位置のあらゆる変化が*転換*です。ですから*入身転換*は、一つのものの表と裏なのです。」（仏語原文より訳）
- **Ura omote 裏表 （うらおもて）**: 「人間そのものにも表と背があります。」技を*表*と*裏*に分けるのは稽古の助けになります。「しかし、稽古の本質的な部分は、この分類を退け、そこに閉じ込められるのを拒むことにあります。」（仏語原文より訳）
- **Tai sabaki 体捌き （たいさばき）**: ヨーロッパで訳されがちな「移動する」だけではありません。「*捌く*：乱れを正す、正しいか誤りかを決める、品物をさばく、なすべきことをなす。」「*相手*が九十九パーセント勝つはずだったのに、あなたの*体捌き*が形勢を逆転させた。それが*体捌き*です。」（仏語原文より訳）
- **Atemi 当身 （あてみ）**: 当身は、初心者を守るために普段の稽古から外されてきました。だからといって、ないわけではありません。「ですから、合気道に*当身*はないと言う人は、合気道について何も知らないにも劣るのです。」*当てる*は、正確に見きわめることを意味します。当身は攻撃する者の意図を止めることができます。そして癒す急所は、命を奪うこともできます。「すべてのものに*裏*と*表*があります。」（仏語原文より訳）
- **Kokyu ryoku 呼吸力 （こきゅうりょく）**: 「糠三オンスを持ち上げられれば、合気道はできます。」これは筋肉の力ではありません。「そこから生まれる力は私たちのものであって、私たちのものではありません。実は、宇宙のエネルギーが私たちの体から湧き出ているのです。」肩が力んでいたり、自分を強いと思い込んだり、逆にできないと思い込んだりすると、この力は妨げられます。それは日々、体を通して身につけるものです。「*呼吸力*がなくても技の形は存在しえます。しかしそれは空っぽの形にすぎません。」（仏語原文より訳）

## 原理から「基本」へ

「基本」とは、体になった原理です。何年も隔てて、同じ考えが師範自身の言葉で繰り返し現れます。

すべては姿勢と呼吸から始まります。畳の上で求めたことを、師範は日常生活でも求めました。1986年には、呼吸について「日常が大切です」と書きました。1991年には「肩の力を抜き、気を臍下丹田に保ち」と書きました。2007年には、正しい姿勢が呼吸を落ち着かせると語りました。姿勢とは、外から見える内なる力です。

構え、間合い、入身には、和合の考えがあります。間合いの*合*は合気道の*合*であり、「*一つ*になる」ことです。入身とは相手と一つになることです。

入身と転換、裏表と当身は、武道が守りであり、しかも本物であることを示しています。同じ剣が命を与え、命を奪います。癒す急所は命を奪うこともできます。「すべてのものに*裏*と*表*があります。」当身のない合気道は合気道ではありません。

呼吸力と体捌きは、力ではなく和合を示しています。「糠三オンス」で足ります。力は筋肉からではなく原理から生まれます。体捌きは九十九パーセント不利な状況を逆転させます。呼吸力は己に克つことでもあります。それは「あなたのものではなく」、「私たちのものであって、私たちのものではない」のです。自分を強いと思い込めば、妨げられます。

礼も同じです。1986年には、呼吸力がなければ技は「空っぽの形」にすぎないと書きました。1991年には、敬意がなければ礼は「抜け殻」だと書きました。

師範は導くことで教えました。構えの文章を「これを皆さんの考察にゆだねます。その真髄をくみ取ってください」と結んでいます。頭だけで理解した呼吸力は使いものになりません。そして師範は求め続けることをやめませんでした。あらゆる変化が転換です。分類に閉じ込められることを拒むこと。本当の構えは、構えのない構えです。

このページの「基本」の引用は、1986年の著書のフランス語の本文から訳したものです（仏語原文より訳）。英語の引用は英訳からの訳です（英語より訳）。

## 系譜

系譜は開祖 植芝盛平翁先生に始まります。田村は開祖から直接学びました（[略歴](https://tamura-shihan.org/ja/biography.html#osensei)参照）。そして半世紀近くをかけて、その教えをヨーロッパで伝えました。田村のもとで深く稽古し、師範に従った人々には、クロード・ペルラン（Claude Pellerin）、トシロウ・スガ（Toshiro Suga）、ジャン＝ポール・アヴィ（Jean-Paul Avy）、ステファン・ベネデッティ（Stéphane Benedetti）、ジャック・バルデ（Jacques Bardet）、アラン・ペラッシュ（Alain Peyrache）、ミカエル・マルタン（Mickaël Martin）、トマス・サンチェス（Tomás Sánchez）、ルイス・アントゥネス（Luis Antunes）らがいます。

1983年、1982年の分裂のあとに師範に従わなかった門下生について問われました。師範は、忠義は武士道の根本原理だと答えました。そして門下生はいまも自分の家族だと語りました。
